人との関係を整えようとするとき、私たちはつい「どちらが正しいか」「誰が間違っているか」に心を向けてしまうことがあります。
けれど、聖書は、平和に役立つこと、互いを高め合うことを追い求めなさいと語ります。
この記事では、2026年7月2日に寄せて、ローマ人への手紙 14章19節の一節を紐解きながら、関係性を争いではなく、平和と励ましへ向けて調えていく歩みについてのメッセージをお届けします。

本日の聖書の一節
ローマ人への手紙 14章19節(KJV)
だから、平和に役立つことと、
互いを高め合うこととを追い求めましょう。
“Let us therefore follow after the things which make for peace,
and things wherewith one may edify another.”
Message:慈しみのまなざしが心に戻る時、言葉は争いの道具ではなくなり、平和を育て、互いの魂を静かに建て上げる祝福の響きとなっていきます。
7月のテーマは、「調える」。
関係性と価値観を調律し、
自分の心の音色と、
人との間に流れる響きを整えていく月です。
昨日、私たちは詩篇85篇10節を通して、
慈しみとまこと、義と平和が神の中で出会う姿を見つめました。
真実だけに傾くのでもなく、
平和のために真実を曖昧にするのでもなく、
神の静けさの中で、心を調えていくこと。
その歩みの二日目に与えられているのが、
今日の御言葉です。
だから、平和に役立つことと、
互いを高め合うこととを追い求めましょう。
ここで語られているのは、
ただ争いを避けるだけの平和ではありません。
黙って我慢すること。
相手に合わせ続けること。
本当は傷ついているのに、何もなかったように振る舞うこと。
それは、一見すると平和に見えるかもしれません。
けれど、心の奥に重さが残り続けるなら、
それはまだ、神の平和に調えられた状態とは言えないのかもしれません。
一方で、
自分の正しさを伝えるために、
相手を言い負かそうとすることもあります。
わかってほしい。
認めてほしい。
間違っていることに気づいてほしい。
自分の思いを軽んじないでほしい。
その願いは、決して悪いものではありません。
けれど、その願いが愛から離れると、
言葉は相手を建て上げるものではなく、
相手を崩すものになってしまうことがあります。
今日の御言葉は、
私たちの視線を一つ高いところへ戻してくれます。
それは、
「私は正しいか」だけではなく、
「この言葉は平和に役立つだろうか」
「この態度は相手を高めるだろうか」
と問い直す道です。
今日の曜日テーマは、慈しみ(Misericordia)。
木曜日は、受け入れること、支えること、やさしく結び直すことを見つめる日です。
慈しみとは、
何でも許して曖昧にすることではありません。
相手のすべてを肯定することでも、
自分の大切なものを失ってまで受け入れることでもありません。
慈しみとは、
相手を「倒すべき存在」としてではなく、
神の前に共に立つ一人の人として見るまなざしです。
だからこそ、
平和に役立つことを追い求めるとは、
ただ自分が傷つかない距離を選ぶことだけではありません。
相手との関係の中で、
どの言葉が必要なのか。
どの沈黙が愛なのか。
どの距離感が互いを守るのか。
どの一歩が、関係を建て上げる方向へ向かうのか。
それを、神の前で静かに選び直していくことです。
ローマ14章の背景には、
信仰者同士の考え方や習慣の違いがあります。
何を食べるか。
どの日を重んじるか。
何を大切にするか。
それぞれに良心があり、
それぞれに信仰の歩みがあり、
それぞれに守りたい基準がありました。
その違いの中で、
パウロは、相手を裁くのではなく、
平和と互いの成長を追い求めなさいと勧めます。
これは、7月の「調える」というテーマに深く響く御言葉です。
調和とは、
全員が同じ考えになることではありません。
同じ速さで進むことでも、
同じ価値観だけを持つことでもありません。
違いがある中で、
それでも神の平和へ向かう道を探すこと。
自分の軸を持ちながら、
相手を壊さない言葉を選ぶこと。
伝えるべきことを伝えながら、
その人が神の前で建て上げられることを願うこと。
それが、聖書が示す「互いを高め合う」関係です。
私たちは時に、
正しいことを言っているのに、
相手の心を閉ざしてしまうことがあります。
また時に、
優しくしているつもりなのに、
本当の意味では相手の成長を助けていないこともあります。
だからこそ、今日の御言葉は、
言葉の前に、心の向きを整えるように招いています。
私は今、平和に役立つことを追い求めているだろうか。
それとも、自分の正しさを証明したいだけだろうか。
私は今、相手を高めることを願っているだろうか。
それとも、相手に自分の思い通りになってほしいだけだろうか。
私は今、関係を建て上げようとしているだろうか。
それとも、心の中で相手を責め続けているだろうか。
この問いは、少し痛みを伴うかもしれません。
けれど、その問いに立ち止まるところから、
関係性は少しずつ調えられていきます。
平和に役立つことは、
必ずしも大きな行動ではありません。
今日は、強い言葉を一つ飲み込むことかもしれません。
相手の事情を少しだけ想像してみることかもしれません。
感謝を一言伝えることかもしれません。
誤解を解くために、やわらかく話し直すことかもしれません。
距離を置くことで、互いを守ることかもしれません。
そして、互いを高め合うことも、
立派な助言や大きな支援だけではありません。
相手の良いところを認めること。
責める代わりに祈ること。
急がせず、待つこと。
必要な時には、誠実に伝えること。
相手が神の前で立ち上がれるように、言葉を選ぶこと。
その小さな選択の一つひとつが、
平和の道を形づくっていきます。
7月の二日目、
私たちは「調える」という歩みの中で、
自分の関係性をもう一度見つめます。
この関係は、平和へ向かっているだろうか。
この言葉は、相手を建て上げているだろうか。
この態度は、神の慈しみを映しているだろうか。
完璧にできなくても大丈夫です。
今日、たった一つでも、
平和に役立つことを選べたなら、
その一歩は神の前で尊いものです。
今日、たった一言でも、
誰かを高める言葉を選べたなら、
その言葉は小さな祝福の種になります。
調えるとは、
相手を自分の望む形に変えることではありません。
自分の心を神の平和に向け、
言葉と態度を慈しみの中で整え、
互いがより良く立ち上がれる道を探すことです。
あなたの今日が、
争いの火を大きくする日ではなく、
平和の灯をそっと守る日となりますように。
そして、あなたの言葉と選択が、
誰かを責めるためではなく、
神の愛の中で建て上げるために用いられますように。
心が「調える」や「慈しみ」から離れそうな時の整え方
・心で整える(10〜20秒):胸の内で静かに問いかけます。
「この言葉は、平和に役立つだろうか。」
すぐに返事をしようとせず、一呼吸置いて、心の向きを神の前に戻します。
・手で整える(1〜3分):今、少し気になっている人間関係を一つだけ書き出します。
その下に、次の二つを書いてみます。
「平和に役立つ小さな選択」
「相手を高める小さな言葉」
大きなことをしようとしなくて大丈夫です。
今日できる一つの言葉、一つの態度を選んでみます。
・言葉で整える(一言):「平和に役立つことを、今日の私に選ばせてください。」
祈りの言葉
主よ、平和に役立つことを追い求める心を導いてください。
人を傷つけるのではなく、建て上げる言葉と行いを選ばせてください。
今日の私の関係性が、あなたの慈しみによって調えられますように。
Lord, guide me to pursue what makes for peace.
Teach me to speak and act in ways that build others up,
and let your mercy shape my relationships today.
この小さな言葉が、どこかの心に静かな平和をもたらしますように。
よろしければ、周りの方と分かち合っていただけり、必要としている方へそっと届けていただけると嬉しいです。
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