心が揺れる時ほど、すぐに言葉を返したくなったり、自分の思いを先に出したくなったりすることがあります。
けれど、本当に整えられた知恵は、たくさん語ることよりも、必要な時にことばを抑えられる静けさの中に現れることがあります。
この記事では、2026年5月26日に寄せて、箴言17章27節の一節を紐解きながら、ことばに節度を持ち、落ち着いた心を保つためのメッセージをお届けします。

本日の聖書の一節
箴言 17章27節(KJV)
知識のある者はことばを少なくし、
悟りのある人は冷静である。
“He that hath knowledge spareth his words: and a man of understanding is of an excellent spirit.”
Message:知恵あることばは、多さによってではなく、静けさの中で選ばれたその澄み方によって光を放ちます。
言いたいことがある時、
自分の考えを伝えたい時、
あるいはわかってほしい気持ちが強い時、
人はつい言葉を増やしてしまいます。
けれど今日の御言葉は、そうした流れの中でこそ、
知恵ある人は、ことばを少なくし、心を落ち着かせる と教えています。
5月のテーマは 「統べる」。
この月において自分を治めるとは、
感情の勢いのままに口を開くのではなく、
心・言葉・選択を静かに整えていくことです。
そして今日の火曜日テーマは 「節度(Mensura)」。
節度とは、ただ我慢することではなく、
必要な分だけをちょうどよく保つ知恵 でもあります。
箴言17章27節では、
知識のある者は「ことばを少なくする」とあります。
これは、何も語らない方が偉いという意味ではありません。
本当に大切なのは、
語れる力があっても、なお整えて語れること なのだと思います。
人は、言葉が多くなる時、
しばしば自分を守ろうとしています。
誤解されたくない。
軽く見られたくない。
負けたくない。
わかってほしい。
そうした思いが強くなるほど、
ことばは少しずつ熱を帯び、必要以上のものを含みやすくなります。
でも知恵は、その熱にすぐ従いません。
一度立ち止まり、
今ほんとうに必要なことばは何かを見極めます。
後半には、
「悟りのある人は冷静である」とあります。
この「冷静さ」は、とても大切です。
知恵は、情報の多さだけではなく、
心の温度を保てること によっても表れるからです。
正しいことを知っていても、
心が荒れていれば、その正しさは人を打つものになってしまうことがあります。
けれど、落ち着いた霊、静かな心、整えられた温度の中から出ることばは、
少なくても深く届いていきます。
火曜日の節度は、
沈黙を怖れないことでもあります。
全部説明しなくてよい。
全部わかってもらおうとしなくてよい。
今ここで必要な分だけを、落ち着いて差し出せばよい。
そこに、自分を統べる知恵があります。
今日は、
何かを伝える前に、
「これは今ほんとうに必要なことばだろうか」
と静かに問うてみてください。
そして同時に、
「私は落ち着いた心のまま語れているだろうか」
とも確かめてみてください。
その二つの問いの中で、
ことばは少しずつ澄み、心も静かに整っていきます。
統べるとは、ことばの勢いに自分を明け渡さないこと。
節度とは、落ち着いた心から、必要な分だけを語ること。
今日は、たくさん伝えることよりも、
整えられた温度で語ることを大切にしてみてください。
その少なくても澄んだ一言が、
あなたの知恵と静けさを、やさしく形にしていきます。
心が「統べる」や「節度」から離れそうな時の整え方
・心で整える(10〜20秒):胸の内で静かに問いかけます。
「私は今、必要だから語ろうとしているだろうか。それとも気持ちの熱で語ろうとしているだろうか。」
・手で整える(1〜3分):言おうとしていることを、頭の中で一度だけ短くまとめます。
そのうえで、深く息を一つ吐き、“落ち着いた心のまま言える形”になっているかを確かめます。
・言葉で整える(一言):「私は少なくても、整えられたことばを選びます。」
祈りの言葉
主よ、ことばにおける節度と、心における冷静さを教えてください。
私のことばが、多すぎず、知恵に満ち、平和に運ばれるものとなりますように。
Lord, teach me restraint in speech and calmness in spirit.
Let my words be few, wise, and carried by peace.
この小さな言葉が、どこかの心に静かな平和をもたらしますように。
よろしければ、周りの方と分かち合っていただけり、必要としている方へそっと届けていただけると嬉しいです。
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節度の火曜に捧ぐ聖書の言葉たち
箴言からの聖書の言葉たち
感想ノート
このメッセージに触れて気づいたことや感じたことを
ぜひコメントに残してくださいね。
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おはようございます。
あるがままに生きる事が私のスタンスでしたが、あるがままにも段階があるのかもしれません。
赤ちゃんのあるがままと子供のあるがまま、そしてシニアのあるがままが同じである訳がなく(苦笑)、もう一度考え直さなければなりません。
あるがままで良いと思っていれば、言葉は軽はずみなものになってしまいますから……。感謝いたします。
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Tsuyura様
おはようございます。
今日も言葉を分かち合ってくださり、ありがとうございます。「あるがままにも段階があるのかもしれません」というお言葉に、とても深い気づきを感じました。
たしかに、“あるがまま”という言葉も、ただ思うままに振る舞うことではなく、年齢や歩みの中で少しずつ形を変えながら育っていくものなのかもしれませんね。
そして今日の聖句のように、言葉を慎むことは、自分を押し殺すことではなく、相手や場を大切にする知恵へ繋がっていくこともあるのだと思います。
「もう一度考え直さなければなりません」というお言葉にも、静かな誠実さを感じました。
すぐに答えを決めようとせず、こうして立ち止まって見つめ直そうとされていること自体が、とても丁寧な歩みなのかもしれませんね。
今日も穏やかな一日となりますように。
あたたかな分かち合いをありがとうございました。









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