『Scivias』の序文は、ヒルデガルト・フォン・ビンゲンが幻視を書き記すに至るまでの、もっとも重要な証言です。
ここで語られているのは、単に「神秘的な体験をした」という出来事ではありません。
彼女は、天からの声に「見たこと、聞いたことを書き記しなさい」と命じられながらも、自分の弱さや無学さ、人々からの誤解への恐れの中で、長いあいだ書くことをためらいました。
そのため、この序文には三つの大きな流れがあります。
一つ目は、神から与えられた使命です。
二つ目は、幻視がどのように与えられたのかという証言です。
三つ目は、恐れを越えて書き始めるまでの歩みです。
『Scivias』の本編に入る前に、この序文を読むことは、ヒルデガルトの言葉をどのような姿勢で受け取るべきかを整えることでもあります。
ここでは、序文の内容を七つの流れに分けて読み解いていきます。

天からの命令――「見たこと、聞いたことを書き記しなさい」
序文の冒頭で、ヒルデガルトは「この世の歩みの四十三年目」に、大いなる輝きを見たと語ります。
そして、その輝きの中から天の声が響きます。
その声は、彼女を「もろい人」「灰の灰」「腐朽の腐朽」と呼びます。
これは、彼女を否定する言葉というよりも、人間の弱さをはっきりと示す言葉です。
ヒルデガルトは、自分の力で偉大な書物を書く者として立てられるのではありません。
むしろ、弱く、臆病で、語ることにも書くことにも不安を抱える者として呼び出されます。
ここで重要なのは、天の声が彼女に対して、
人の口に従ってではなく、
人間の理解に従ってでもなく、
人間の作為に従ってでもなく、
見たこと、聞いたことに従って語り、書きなさい。
と命じていることです。
つまり、『Scivias』はヒルデガルト自身の考えをまとめた思想書としてではなく、彼女が受け取った幻視と言葉を、神の御心に従って書き記すものとして始まります。
この冒頭には、ヒルデガルトの基本姿勢が表れています。
それは、自分の知識を誇るのではなく、与えられたものを恐れと謙遜のうちに受け取る姿勢です。
『Scivias』を読むとき、私たちもまた、最初から理解し尽くそうとするのではなく、まず「聞く」姿勢を整える必要があります。
この序文は、そのための入口になっています。
1141年、燃える光に包まれたとき
次にヒルデガルトは、決定的な体験の時を記します。
それは、神の子イエス・キリストの受肉から数えて1141年、彼女が四十二歳の時のことでした。
天から燃えるようにきらめく光が降り、彼女を覆い、心に触れたと語られます。
この光は、ただまぶしい光ではありません。
「炎のようでありながら、燃え上がる熱ではなく、太陽が物を温めるような温かさ」と表現されています。
ここに、ヒルデガルトの幻視体験の特徴があります。
それは、人を焼き尽くすような破壊の火ではなく、内側を照らし、温め、理解を開く光です。
恐れを伴いながらも、その光は彼女の心に触れ、これから書かれるべきものを開いていきます。
この場面は、『Scivias』全体の始まりを象徴しています。
神の光は、外側から一方的に圧倒するだけではなく、彼女の内側に入り、心を動かし、言葉を生み出す力となっていきます。
学問によらず開かれた、聖書の理解
燃える光に包まれた後、ヒルデガルトは、詩編や旧約・新約の書物の意味を理解したと語ります。
しかし、その理解は通常の学問によるものではありませんでした。
音節の区切りによるものでも、学校で学んだ知識によるものでも、歴史的な因果関係を分析した結果でもなかったとされています。
ここでヒルデガルトが語っているのは、知識として覚えた理解ではなく、光によって開かれた理解です。
もちろん、これは学問を否定しているという意味ではありません。
むしろ、彼女は自分の理解が人間的な学習能力によるものではなく、神から与えられた照明によるものだと説明しています。
この点は、『Scivias』を読むうえでとても重要です。
ヒルデガルトの言葉は、単なる論理的な解説ではなく、幻視・聖書・象徴・祈りが重なり合う形で展開されます。
そのため、読む側にも、急いで結論を求める姿勢より、象徴の中に込められた意味をゆっくり受け取る姿勢が求められます。
夢ではなく、目覚めたまま受け取る幻視
ヒルデガルトは、自分の幻視がどのように与えられたのかを丁寧に説明しています。
彼女はそれを、
- 夢の中ではない
- 眠っていたのではない
- 狂乱状態ではない
- 肉体の目や耳で受け取ったものではない
- 隠れた場所で起きたことでもない
と語ります。
そして、彼女は「目覚め、周囲を見回しつつ、清い心のうちで、“内なる人”の目と耳によって受け取った」と説明します。
ここで大切なのは、ヒルデガルトが幻視を現実逃避や夢想として語っていないことです。
彼女にとって幻視とは、眠りの中で曖昧に見たものではなく、目覚めた意識の中で、内なる目と耳によって受け取るものでした。
「内なる人」という表現は、外側の感覚だけでは捉えられない霊的な認識を示しています。
それは、心の奥で聞き、心の奥で見る働きです。
このような幻視のあり方は、現代の私たちにはすぐに理解しにくいかもしれません。
ヒルデガルト自身も、「肉の人がこのまま理解するのは難しい」と語っています。
だからこそ、この部分は『Scivias』を読む姿勢を整えてくれます。
外側の事実だけを追うのではなく、内側で何が照らされているのかを静かに受け取ること。
それが、この書物に入るための大切な鍵になります。

生ける光の宣言――高慢を戒め、救いの道へ導く声
序文の中心には、「わたしは生ける光であり、闇を照らす光である」という声があります。
この「生ける光」は、ヒルデガルトを照らすだけではありません。
闇を照らし、隠されたものを明らかにし、人を救いの道へと導く光です。
ここで語られる世界観は、決して明るく楽観的なものだけではありません。
天の声は、この世には真の喜びがなく、世に属する事柄の中には放縦も安息もないと語ります。
人は、肉体の重さ、心を締めつける欺き、苦悩、身体の苦しみの中に置かれています。
そして、その中で高慢や虚栄に惑わされやすい存在でもあります。
だからこそ、ここで強調されるのは謙遜です。
大きな名声や特別な使命を持つ者であっても、それは安らぎだけをもたらすものではありません。
むしろ、恐れや痛みを通して、自分が何者であるかを深く知らされることがあります。
ヒルデガルトに与えられた幻視も、名誉や自己実現のためのものではありませんでした。
それは、自分を大きく見せるためではなく、神の光を隠さず示すためのものでした。
この箇所は、『Scivias』全体に流れる大切な姿勢を示しています。
真の知恵は、誇りではなく謙遜と結びついています。
真の光は、人を高慢にするのではなく、救いの道を探す者へと整えていきます。
恐れ、病、助け手たち――Sciviasが書き始められるまで
天の声に命じられても、ヒルデガルトはすぐに書き始めたわけではありませんでした。
彼女は、見聞きしていたにもかかわらず、疑い、悪評への恐れ、人々の言葉の多様さのために、長いあいだ書くことを拒みました。
ここには、とても人間的なヒルデガルトの姿があります。
神秘家として大いなる幻視を受け取った彼女であっても、人々にどう思われるかを恐れました。
自分が語ってよいのか、自分の言葉が誤解されるのではないかと迷いました。
そして、その迷いの中で沈黙したのです。
しかし、彼女は病の床に倒れます。
その体験を通して、恐れが退けられ、確かにされて、ようやく書き始めることになります。
ここで興味深いのは、『Scivias』の成立が彼女一人だけの作業ではなかったことです。
高貴で品行の良い一人の男、品行の良い一人の娘、そして少数の助け手たちが、筆を執る手を添えたと語られています。
つまり、『Scivias』は、ヒルデガルトが受け取った幻視に基づく書物でありながら、それを形にする過程では、信頼できる助け手たちの存在もありました。
これは重要です。
神から与えられたものを形にする時、人は完全に一人で進むとは限りません。
受け取るのは一人であっても、形にする過程では、支える人、整える人、書き留める人が関わることがあります。
ヒルデガルトは、病から少しずつ回復しながら、この仕事を十年かけて完成させました。
この「十年」という時間は、『Scivias』が一瞬の感動で書かれたものではなく、長い忍耐と労苦の中で形になったことを示しています。
第一部第一幻視への扉
序文の最後で、再び天の声が響きます。
さあ叫び、こう書け。第一部の第一幻視。
ここで序文は終わり、本編の第一幻視へと入っていきます。
この一文は、単なる次章への案内ではありません。
長い恐れと沈黙のあとに、ヒルデガルトがついに語り始める瞬間です。
「叫びなさい」という言葉には、隠していたものを外へ出す力があります。
それは、自分のために語るのではなく、与えられたものを必要な人々へ届けるための声です。
『Scivias』の序文は、このようにして、沈黙から言葉へ、恐れから使命へ、内なる幻視から書かれた書物へと移っていきます。
第一部第一幻視は、この流れの先に開かれる最初の扉です。
だからこそ、序文を丁寧に読むことは、本編を読むための呼吸を整えることでもあります。
解説まとめ:恐れの中で受け取った光を、言葉として差し出す
『Scivias』序文には、ヒルデガルトの神秘体験だけでなく、その体験を言葉にするまでの恐れと葛藤が記されています。
彼女は、最初から自信に満ちて書き始めたのではありません。
むしろ、自分の弱さを知り、無学さを知り、人々からの誤解を恐れながら、それでも「見たこと、聞いたことを書き記しなさい」という命令に従っていきました。
この序文が私たちに示しているのは、光を受け取ることと、それを形にすることは別の歩みだということです。
受け取ったものが大切であればあるほど、人はそれを語ることを恐れるかもしれません。
けれども、謙遜のうちに、与えられたものを隠さず差し出す時、その言葉は自分だけのものではなくなります。
ヒルデガルトにとって『Scivias』は、自分の思想を広めるための書物ではありませんでした。
それは、天からの声に促され、燃える光に照らされ、恐れと病を越えて、十年をかけて形にされた幻視の書でした。
この序文を通して、私たちは『Scivias』を読むための大切な姿勢を受け取ることができます。
それは、急いで理解しようとすることではありません。
自分の知識で支配しようとすることでもありません。
むしろ、光の前で静まり、恐れの奥にある召命に耳を澄ませることです。
『Scivias』は、その静けさの中から始まります。
この小さな言葉が、どこかの心に静かな平和をもたらしますように。
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今朝から、静けさの入口を受信箱に。
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