心や関係性を調えようとするとき、私たちは不安を消そうとしたり、状況が穏やかになることで平安を得ようとしてしまうことがあります。
けれど、聖書は、キリストが世が与えるものとは異なる平安を与えてくださると語ります。
この記事では、2026年7月25日に寄せて、ヨハネによる福音書14章27節の一節を紐解きながら、恐れや思い煩いから少し離れ、主の平安の中で心を休ませる歩みについてのメッセージをお届けします。
Podcast 〜今日の言葉を音声で〜
※7月22日分よりスタート!

本日の聖書の一節
ヨハネによる福音書 14章27節(KJV)
わたしはあなたがたに平安を残します。
わたしの平安を、あなたがたに与えます。
わたしは、世が与えるように与えるのではありません。
あなたがたは心を騒がせてはなりません。
また、恐れてはなりません。
“Peace I leave with you,
my peace I give unto you:
not as the world giveth, give I unto you.
Let not your heart be troubled,
neither let it be afraid.”
Message:キリストの平安が魂の奥に置かれる時、騒がしく揺れていた心は静かに鎮まり、恐れに支配されていた響きは、神の休息の中でやさしい調和へと戻されていきます。
調える歩みの中では、
心の騒がしさに気づく時があります。
これでよかったのだろうか。
相手はどう思っているのだろうか。
これからどうなるのだろうか。
早く安心できる形にしなければ。
何かを整え直さなければ。
そのような思いが重なると、
心は休む場所を失ってしまいます。
外側では静かに見えていても、
内側では不安や恐れが何度も波のように寄せてくることがあります。
そんな土曜日に、今日の御言葉は、
わたしはあなたがたに平安を残します。
わたしの平安を、あなたがたに与えます
と静かに告げています。
7月のテーマは、「調える」。
関係性と価値観を調律し、
自分の軸を見失わず、
相手への慈しみも忘れずに、
言葉と態度と選択を整えていく月です。
今日の曜日テーマは、休息(Quies)。
土曜日は、争いや緊張から少し離れ、
心を休ませることを見つめる日です。
ヨハネによる福音書14章27節で、
イエスは「わたしの平安を与える」と語られます。
ここで大切なのは、
その平安が、世が与えるものとは違うということです。
世が与える平安は、
状況が整った時に感じる安心かもしれません。
問題がなくなった時。
相手が自分の望む反応をしてくれた時。
予定が順調に進んだ時。
十分な備えができた時。
人から認められた時。
もちろん、そのような安心も大切です。
けれど、それだけを平安の土台にしていると、
状況が揺れるたびに、
心も大きく揺れてしまいます。
イエスが与えてくださる平安は、
状況が完全に整ったから得られるものではありません。
まだ途中の関係性の中にも。
まだ答えが出ていない問題の中にも。
まだ不安が残っている心の中にも。
主が共におられることによって与えられる平安です。
だから、主は続けて語られます。
あなたがたは心を騒がせてはなりません。
また、恐れてはなりません。
これは、
不安を感じてはいけないという冷たい命令ではありません。
恐れがある人を責める言葉でもありません。
むしろ、
恐れに飲み込まれそうな心へ向けられた、
深いやさしさの言葉です。
「あなたの心は、恐れだけに支配されなくてよい。」
「あなたの内側には、わたしの平安を置いていく。」
「世が与える安心よりも深い平安を、わたしが与える。」
そのような主の招きとして、
この御言葉を受け取りたいのです。
私たちは時に、
平安を得るために、
すべてを自分で整えようとします。
関係性を整えようとする。
相手の気持ちを確かめようとする。
予定を完璧にしようとする。
不安が消えるまで考え続けようとする。
けれど、考え続けても、
心がさらに騒がしくなることがあります。
整えようとする手が、
かえって心を疲れさせることがあります。
だからこそ、休息が必要です。
休息とは、
問題を放り出すことではありません。
主の平安の中に、
自分の心を一度置き直すことです。
すぐに答えを出そうとする手をゆるめる。
不安を何度も握り直すことを休む。
相手の反応を心の中で繰り返し考えることから少し離れる。
まだ整いきっていないものを、主の前に預ける。
それが、今日の「調える」に必要な休息です。
主の平安は、
外側の条件がすべてそろった時だけ与えられるものではありません。
心が完全に静まった人だけが受け取れるものでもありません。
むしろ、騒がしい心の中へ、
主が静かに置いてくださるものです。
「わたしの平安を、あなたがたに与えます。」
この言葉を聞く時、
私たちは、平安を自分で作り出さなくてもよいのだと知らされます。
平安は、主から与えられる恵みです。
今日は、
自分の心が騒いでいることを責めなくても大丈夫です。
恐れがあることを恥じなくても大丈夫です。
ただ、その心を主の前に差し出してみてください。
「主よ、私の心は今、騒いでいます。」
「恐れがあります。」
「けれど、あなたの平安を受け取りたいです。」
そのように祈るだけで、
心は少しずつ、主の平安へ向きを戻していきます。
調えるとは、
不安を力で消すことではありません。
主の平安を受け取り、
恐れに支配されていた心を、
神の静けさの中へ戻していくことです。
休息とは、
すべてを解決した後でようやく休むことではなく、
まだ途中にあるものを主に預けながら、
心を平安の中に置くことです。
あなたの今日が、
思い煩いを抱え続ける日ではなく、
主の平安を静かに受け取る日となりますように。
そして、あなたの心と関係性が、
世が与える安心ではなく、
キリストが与えてくださる深い平安の中で、
やさしく調えられていきますように。
心が「調える」や「休息」から離れそうな時の整え方
・心で整える(10〜20秒):胸の内で静かに問いかけます。
「私は今、平安を自分の力だけで作ろうとしていないだろうか。」
一呼吸置いて、
「主よ、あなたの平安を受け取ります」
と心の中で祈ります。
・手で整える(1〜3分):今、心を騒がせていることを一つだけ書き出します。
その下に、次の二つを書いてみます。
「私が握りしめている不安」
「主に預けたいこと」
すぐに解決しようとせず、
今日は一つだけ、考え続けることを休ませてみます。
・言葉で整える(一言):「主の平安を受け取り、恐れから離れます。」
祈りの言葉
主イエスよ、今日、あなたの平安を私に与えてください。
騒がしい心を静め、
あなたの御前で恐れずに休むことを教えてください。
Lord Jesus, give me your peace today.
Quiet my troubled heart,
and teach me to rest without fear in your presence.
この小さな言葉が、どこかの心に静かな平和をもたらしますように。
よろしければ、周りの方と分かち合っていただけり、必要としている方へそっと届けていただけると嬉しいです。
一節と祈りの「お知らせ」を受信箱へ
毎朝6時、今日の「本日の聖書の言葉」と短い祈りの更新を、迷わず受け取れるお知らせメールをお届けします。
読み逃しを防ぎ、朝の数分で心を整える習慣に。
さらに不定期で、ハーブやティータイムの情報、ヒルデガルドの幻視書のやさしい解説も届きます。
今朝から、静けさの入口を受信箱に。
聖書の言葉から日々の祈りを

聖書の一節を、ただ読むだけでなく、心を整える祈りの言葉として受け取るための入口です。
ここから、毎日の「本日の聖書の言葉」へとつながっていきます。
ベネディクトを知る

このページは、ヒルデガルドを理解するための「祈りの秩序」の入口です。
シリーズ全体の案内と、各テーマへの導線はトップページにまとめています。
休息の土曜に捧ぐ聖書の言葉たち
ヨハネによる福音書からの聖書の言葉たち
感想ノート
このメッセージに触れて気づいたことや感じたことを
ぜひコメントに残してくださいね。









コメントを残す